劇団癖者『元カレ殺人事件』

ネタバレ含む。

 

 

あらすじ

もぅマヂ無理。 彼氏とゎかれた。

ちょぉ大好きだったのに、ゥチのことゎもぅどぉでもぃぃん だって。

どぉせゥチゎ遊ばれてたってコト、ぃま手首灼ぃた。

身が焦げ、燻ってぃる。 一死 以て大悪を誅す。

それこそが護廷十三隊の意気と知れ。

破道の九十六『一刀火葬』

 主人公のあいはおそらく大悪を誅すという気持ちではなかっただろう。「最後の人になりたい」などと言っていたような気がするが(うろ覚え)、私には彼女の本心がわからない。

このわからなさを強くしたのは、冒頭であいがしょうくんに電話をかけるシーンだ。しょうくんは電話に出ず、あいは悲痛な表情で留守電を残す。そしてそれが終わると、真顔で前髪を直して薬品を片手に自撮りをするのだ。その時の表情の変わり方が恐ろしく、一体どこからどこまでが本心なのか分からなくなった*1。このシーンを見たとき、あいはしょうくんにその写真を送るのだと思っていた。そうであれば前髪を直すのも納得がいく。しかしすぐにこれはSNSに投稿するためのものだったことが判明するのである。

そんなあいの不明な動機によって集められたしょうくんの元カノたち。彼女たちが困惑しつつも次第にしょうくんを殺す計画(計画してないが)に乗り気になり、奇妙な連帯感が生まれていく様は見ていて面白かった。人を殺すというネガティブな方向に向かっているはずなのに、計画のガバガバさやそれぞれの個性がそれをコントにしてしまう。こういう微妙な均衡によって進んでいく展開はとても好きだ。

 

中盤以降、元カノたちは黒魔術によってしょうくんを召喚しようとする。それは作中最もイカれていた掃除のおばさん*2によって提案されたものであり、彼女たちはその熱意に圧されて実行する。そして実際にこれは成功してしまい、召喚した後もまさにコントであったが、しかしこの召喚が成功してしまったがために彼女たちの明日は暗いものになったと私は思う。

この黒魔術の真価は召喚ではなかった。それは間違いなく人に害を為す呪術であり、その効果はしょうくんだけではなく、たまたましょうくんと一緒に召喚された彼の今カノ、そして召喚をした元カノたちにも発現した。それは最後に今カノがしょうくんをナイフで刺してしまうところに現れている。

彼女がそのような行動に走った原因は、例えば独占欲だったり、行き過ぎた愛情だったりしたかもしれないが、元カノたちの冗談半分の黒魔術で召喚された後の展開によって、その感情がより濃くなってしまったであろうことは否定できないはずだ。仮にそれが彼女の行動と関係なかったとしても、事実としてその後に彼女はしょうくんを刺したのであり、その報を受けた元カノたちがそれをどう受け止めるかは想像に難くない(知らんところで当然の報いを受けたと思えるのであれば、元カノたちはしょうくんと本質的に変わらない)。

このように、この作品はしょうくんが刺されて終わるため、元カノたちの明日を考えるとモヤモヤのほうが強い。今カノに至っては間違いなく逮捕だ。ただ、それは決してこの作品を非難する理由にならない。坂元裕二脚本の舞台『またここか』において、小説家である根森はこう語っている。

小説に書くのは二つのこと。本当はやっちゃいけないこと。もうひとつは、もう起こってしまった、どうしようもなくやりきれないことをやり直すってこと。そういうことを書く。そこに夢と思い出を閉じ込める。それが、お話を作るっていうこと。

 『元カレ殺人事件』はこういうお話だったのだろうと思う。 やってはいけないという正論で収まらない感情というものはある。それをどうにか乗り越えて、振り返ってみた時になんだか笑えるというのは、ありきたりだが助かるものだ。元カノたちは同じ悩みを持つ(持っていた)現実の人たちに代わって元カレにビンタをしたのであり*3、そして今カノは彼を刺したのだろう。現実でそれをやってはいけない(できなかった)から。

そう考えた上で改めて元カノたちの呪われた明日を思うと、相対的にそれをできなかった(そうしないことを選択した)現実の人たちの今が照らされ、必然的にその過去が肯定されていることに気が付く。

 

この作品のメインターゲットはそういう層なのだと思う。私は登場人物の誰にも共感できなかったため、終始理解できない理由で理解できないことが行われているという感じだった(そういう意味で楽しめた)。

好意は相手からすれば勝手なものであるし、それを相手に向けたとき自分の理想と違う反応が返ってきたとしても、それを責める権利は無いと思っている。

しょうくんの場合、彼自身の欲のために元カノたちの理想像を演じていて、それに疲れたら(飽きたら)乗り換えていたのだろう。元カノたちは彼女たち自身の欲のためにそれが現実であると思い、信仰した。信仰は自由だが、それが現実でないと分かった時、悲しみこそすれ、怒るのはお門違いだ(そうと分かっていても抑えられないのだろうが)。どっちもどっちじゃないですかと思ってしまう。

その頭では分かっていても抑えきれない怒りの経験があれば、代弁者としてこの作品を称賛していたかもしれない。面白かった。

*1:ちなみに私はこのシーンが一番好き

*2:おばさんと呼ぶのが申し訳ないほどに美人

*3:森ガールが結局彼にビンタできなかったシーンも好き