押切蓮介『ハイスコアガール』

hi-score-girl.comひねくれ者とお嬢様、抑圧的な英才教育、突然の海外移住、三角関係等々、ともすればありきたりと一蹴されかねない諸要素を詰め込んでいるにも関わらず、それでもこの作品はめちゃくちゃ面白い。

もちろん、作中に登場する数々のレトロゲームが、それを経験してきた人でも経験してない人でも楽しめるような解説でもって紹介されている点もこの作品の魅力だ。しかしそれだけではなく、ゲームは登場人物たちの心情を表し、拳で語り合うとでも言わんばかりに対戦でそれぞれの思いを語り合う機能も持つ。

さらに登場人物が軒並み魅力的だ。春雄の少年性、喋らないのに感情表現が豊かな晶、この二人と関わることで悲しいほどに人間味が出てしまう日高。なみえさん、真、宮尾、土井らの魅力もこれに劣らない。

なにより、春雄という主人公が年相応に無力であることが素晴らしい。晶の指南役である業田にボロクソ言われても言い返せないし、業田の方針を変えさせたのは春雄ではない。もちろん晶の海外移住を止めることなどできず、自分に向けられる好意に鈍感で、最後まで選択を間違える。成長の過程にあって、流れに流され、自身が何に戸惑っているのかが分からずに戸惑っている。

そしてそんな春雄だからこそ、自分の抱く感情を自覚し、その思いを伝えた上で、パスポートを取得して追いかけると約束する様はとても面白いし感動的だ*1

また、私としてはその感動と同時に春雄の成長が悲しくもあるのだが、そんななかで土井が放った

あいつはありのままであってほしいな。

ゲーム馬鹿であったほうがキラキラしてんのに。

というつぶやきに、土井の意図した形ではないだろうが、勝手に救われた気持ちになってしまう。

この他にも、この母にしてこの子ありと言いたくなるような良好な母子関係、行動の端々から感じ取れる少年的な優しさ等、春雄の魅力は語り尽くせない。それを理解して自身の初恋を譲り、心から応援する宮尾も出来過ぎた良いヤツすぎる。

 

出来過ぎた良いヤツな宮尾と対照的に、日高が浮かんでくる。嫌なヤツという意味ではなく、あまりにも人間だからだ。この作品の人気1位を予想しろと言われたら私は間違いなく彼女に投票する。

1期において悔し涙を流しながら告白するという、個人的アニメ界屈指の名シーンを飾った日高(あの表情を作った制作陣は天才)。ゲーセンから走り去る春雄の背中を見つめるところから始まり、春雄の斜め後ろの席、鍵当番のときも教室の後ろで控え、ゲームは見ている方が楽しいと席を譲る。そんな彼女が次第に春雄に好意を寄せ、それが叶わないと分かってしまったからこそ、「勝ったら付き合う、負けたら諦める」という誰も得をしない勝負を持ちかけ、横に立つために正面からぶつかるという少年漫画的思考回路でもって爆走する。もはや主人公だ*2

2期での日高は、痛々しくて、見ているのが苦しいほどに人間であった。

1期で正面からぶつかって負けてしまった彼女が、2期ではあっさり勝利を収める。しかしその勝利が何かを変えてくれるわけではない。彼女は春雄よりも精神的に成長し、それに伴ってゲームの勝敗が現実に及ぼす影響は薄れてしまう。ゲームでの勝利が現実を変えないから、彼女はその勝利を口実に春雄をデートに誘う。

ファミレスのシーンは地獄だった。成長しているとはいえ、大人にはなりきれない日高の決死の性的アプローチと、もはや成長を拒んでいるようにすら映る春雄の残酷な少年性の対峙。日高の背水の陣とでも言わんばかりの構えを前にして、ただたじろぐだけの春雄だが、それを責めることはできない。彼らは思春期真っ只中の少年少女であり、それゆえ成長速度が少し違うというだけだ(私の知ってる高1はどこにもいないけど)。そして、そこが春雄の魅力でもある。仮にホテルに行ったとて、嬉し恥ずかし朝帰りなどにはなっていなかっただろうし、日高は損な二択ばかりを用意しがちで本当に人間。

何より残酷だったのは、この一連のシーンで画面に映るほぼ全てのものに、春雄と晶の歴史が刻まれていることだ。ゲームセンター、ファミレス、ホテル、朝帰りと、その全てに晶の影がちらつく。極めつけは、帰りの電車で晶が春雄と日高にあげた飴。小学生時代、春雄が晶にあげた飴と全く同じものだ。観ているこちらが勝手に絶望してしまう。

 

私みたいなお邪魔虫

 断る権利もない私

端々に見られる自虐的な言葉は、春雄へのささやかな当てつけでありながら、彼女自身に一番ダメージが入っているのだろう。少年であり続ける春雄と並ぶことで、より一層人間味が強くなってしまう日高。それでも影の中を歩く春雄に対して、彼女は陽の中にいる。母親の説得も虚しく、頼りのゲームは故障中という局面で、最終的に春雄を陽のもとに引きずり出すのは日高だった。彼女の喝でゲームの電源がつき、彼女の叫びとゲーム画面のリュウがリンクする。様々な感情が胸中をぐるぐるしていると分かる口元のクローズアップ。笑って見送ったあとでしっかりと泣くあたりに、春雄と同年齢なのだと再認識させられて辛くなってしまう。日高だけ純文学の世界で生きてないか?

日高がゲームの電源を入れたことにより、ゲーム内のキャラクターは春雄を守る壁となり、加速させる風となる。『ソラニン』で植え付けられた原付のトラウマを払拭させてくれるような安心感。最後、空港で派手に転んだ春雄を守ったのは、日高の使用キャラであるフォボスだった(たぶん)。

 

もはや、日高のあまりにも切なく、だからこそ美しい人間味を描いた作品と言っても過言ではない。演出がとても凝っていて、確実に拾い損ねているものがあると思う。素晴らしすぎる作品だ。

ちなみに、どうしても日高に目が行ってしまうということで、落ち着いて一度俯瞰してみたときに、やっぱ真なんだよな!となったりする。ときメモで女心を学べというセリフを、よくぞこの作中で言ってくれた。

 

・買って

 

・いちおう

あひるの空(1)

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ソラニン 新装版 (ビッグコミックススペシャル)

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*1:話は遡るが、春雄に「お嬢様の心の支えに〜」などと言ってしまったじいやの神経はどうかと思う。春雄自身がそう願うのならまだしも、普通に考えて一介の高校生に頼んでいいレベルの話ではない。

*2:全くの余談だが、この辺りから登場し私の支持率をかっさらっていった真が、春雄に女心を勉強しろと言ってときメモを手渡したシーン。ときメモで恋愛を学ぶといえば『あひるの空』の千秋ではないかと連想し、『あひるの空』においても、凡人でありながら現状をなんとか変えようと藻掻き、なにも成せなかった日高という登場人物がいたことに思い至って、その偶然にため息をついてしまった。姓が日高の人に出会ったらお酒を奢りたい。